■ カメラヘッド交換しました(ねこカメラU) |
14日の夕方にねこカメラU用のカメラを交換しました、
カメラが落ち着くまでしばらくかかるかもしれませんが宜しくお願い致します。
ヘッドと共にレンズも交換しましたが、画の状態によっては前のレンズに戻すかもしれません。
しばらく様子見です。
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■ 避雷関係の部品交換(末端線)について
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近いうちに耐過電流電力線の末端線にあるコンデンサなどの部品を交換する予定です。
その際サーバーなど一部のシステムが20分程度止まります。
ご不便をおかけし恐縮ですが宜しくお願い致します。
交換作業日時については現在未定です。
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■ 外から見た図 |
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ケーブル関係の予備作業で、外から見た図はこんな感じ、ですね。 |
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| ■ 10月14日は鉄道の日 |
鉄道の日にちなんで電車のおもちゃを買ってきました。
箱の縁に来ると落ちずに方向転換するゼンマイ仕掛けのこのおもちゃ、「落ちない」ことから縁起担ぎで受験生に人気とか(相鉄の人談)
モデルは相模鉄道 10000系電車 IMG。
もも、はな、ばくはゼンマイの音が苦手みたい、おっかなびっくり・・・。ねずの方が喜んでるよ、でも持続しないけどね。 |
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ストラップは「ゆめが丘 → 希望ヶ丘」の硬券を模したもの。
受験生のみんなっ、ガンバレ!
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■ 相鉄線イベント |
第19回かしわ台電車基地親子見学会に行ってきました。
招いていただいた相模鉄道株式会社と社員のみなさん、ありがとうございました。
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◇ 厚木線体験乗車
かしわ台−海老名間にある分岐から厚木留置線に至る回送線に乗車。
回送車やJR相模線経由で入る新車回送だけが走る線なので営業列車は入れません。普段見ることのできない車窓は貴重な体験だね。 |
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厚木駅往復をしてくれた「走れ!みんなの横浜号」は、かしわ台駅から展示用に工場内へ移動してきた。
車両センター正面入口から見える工場フロアに置かれた整備中の10705先頭車。 |
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鉄路を守る裏方さんたち・・・保線チーム |
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線路の道床不整を直すマルチプルタイタンパ(通称マルタイ)の「もぐまる」
レールを支える道床バラストを爪状ツールでつき固め、レールの高低や左右のズレを直す。
揺れの少ない快適な乗り心地や安心な走りはこの方たちのおかげです。
もぐまるくんはおよそ月6回出動だそうです。
架線の整備に使う特殊車両。
電車は電気がなければ走りません。
電車起動時はパンタグラフのすり板部に大電流が流れ温度が上がって痛みます。
クーラー使用時もトロリー温度が上昇するしパンダグラフとの接触等日々の摩耗との戦い。
電車の生命線「電気」を守る人々の助けが欠かせません。 |
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真夜中の踏切を通過するレール輸送用モーターカー。
営業終了後、深夜の保線作業。 |
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全廃された新6000系 (IMG) という電車にはいくつかの特別塗装車(グラフィックカー)がありました。
上は6717編成「緑園都市号」 (IMG)の一部を切り取って保存してあるもの。(昭和62年4月より運行開始。イラストデザインは柳原良平氏による「横浜八景」)
そのほか「ほほえみ号」、「アートギャラリー号」や引退近くには「旧塗装復活車」もあった。
旧塗装と言えば、昔相鉄横浜駅が地上にあってホームの床は木製のころ、相鉄線の改札を出ると目の前右手に国鉄横浜駅の改札が見えた。(国鉄改札横にみどりの窓口があったと思うがこれについては記憶が不確か)
そうそう横浜駅周辺の道にはトロリーバスも走ってたね。交差点曲がるとき時々ポールが外れて運転手さんが降りて直してたっけ。
そんな時代から昭和48年には横浜・相鉄ジョイナス開業。それに伴うイメージアップ活動の一環として、新旧6000系など鋼製車の塗色変更をおこなうことになり、グリーン系とイエロー系の試験塗装編成2本による運用となる。
評価の結果グリーン系塗色を採用することとなり、イエロー系試験塗装車も塗り替えられ消滅した。
新しいカラーの電車はベースを淡いグリーンに窓上屋根部をモスグリーン、車体下部裾にオレンジの帯をまとったカラーで、登場当時は明るく華やかな印象の良い電車だった。
旧塗装の多かったとき、踏切とかで試験塗装車見かけると、「すました感じのハイカラさん」って感じにも見えて楽しかったな。
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懐かしいねー昔の相鉄線色。これ見ると昔のいろいろな事思い出すよ。
これはヘッドライトがシールドビーム化されて2つになっているけど、昔は大きな丸いのがひとつ。土台になごりが残っているでしょ。
たしか急行とかのプレートを窓下のフックに引っかけてつけてたけど、そのうち自動の幕になっちゃったね。
行き先も「手回し」で味があったよなぁ。
今はテールライト(赤色のランプ)がみんなLEDになってるけど、昔は裸電球のアレでさ。60wとか100wのアレ。
相鉄ではないんだけど、国鉄の東海道線の横浜駅でさ、切れたの取り替えてるとこ目撃して「家のと同じだよ」とか思った記憶がある。
運転席(乗務員室)に備え付けてあったのかね。予備の電球。赤色のガラス部分をふたのように「ぱかん」って開けた感じで切れた電球つかむと「クルクルっ」ってさ。
そう言えば当時の国鉄横浜駅には荷物用のエレベーターがあって、ホームには築地とかにあるような台車を牽引するエンジン付きの・・・あれ名前なんていうの?
まぁアレがあって走ってたんだけど、今は面影ないよね。頭の中の記憶だけだよ。
あと保土ヶ谷の大カーブの踏切でさ、通過する列車の糞尿を避けるスリリングな遊びもしたよ。
しくじると悲惨だけどね。だから踏切渡るの大変だよ臭かったからね。複々線など長い踏切だと息止めても続かなくてつい吸い込んじゃうって、笑っちゃうよね。バキュームカーのホースも良く追いかけたっけ・・・。
かなり昔大正か昭和の初め頃、二俣川−鶴ヶ峰間に駅があったんだと。
今で言うとちょうど高梨牛乳工場の前あたりだろうか、名前が今思い出せないんだよね。困った。
今もあったら乗り降り楽だけどね。
そうそう、その昔鶴ヶ峰−西谷間の上り坂では乗客が多すぎると走行不能になってさ、乗客が降りて列車を押したんだって。
死んだ親父がそんなこと言ってたの、思い出したよ。今では考えられないけどね。
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いつもきれいにしてくれてありがとう。気持ちよく利用できてありがたいです。
一方では・・・シート焼いたりわざと汚すのはやめようよ。みんながつかうものなんだから。
何があったのか知らないけれど、物にあたるのは良くないよ。
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